対照流域法による森林の水源かん養機能調査Top > 水源林の保全・再生と研究の役割
神奈川県の水源は、主に相模川、酒匂川の2つの水系であり、貯水ダムや取水堰が配置されています。この2つの水系の源流は、県内では丹沢山地をはじめとした山地で、隣接する山梨県や静岡県の一部も含まれます。これらの源流では、多くが森林地帯となっています。
水源林では、かつては関東大震災による多数の山地崩壊や戦時中の過度な森林伐採などの課題がありましたが、その後の山地の復旧工事や植林によって、近年は豊かな緑に覆われています。ところが一方で、近年は新たな課題も顕在化していました。
現在の水源林の課題は、森林の中の下層植生の衰退です。原因の一つは、人工林の間伐が不十分なために林の中に日光が十分に届かなくなることです。もう一つの原因は、丹沢山地で近年シカが増えたため、餌となる地表の植物を過度に食べ下層植生が乏しくなってしまうことです。下層植生が衰退した場所では、雨が降ると土壌が流出し、雨水が地中にしみこみにくくなり水源かん養機能などの公益的機能の低下が危惧されています。
丹沢山地におけるシカの過採食による下層植生の衰退については、これまでも多くの専門家により調査が行われており、研究連携課でも1990年代から下層植生の衰退実態や植生保護柵内の植生回復状況を把握する調査を継続しています。増えすぎたシカの影響としては、下層植生が乏しくなるという量の問題と、シカの好まない植物種に偏り多様性が低下するという質の問題があります。
さらに、このような下層植生の衰退(特に下層植生が減るという量の問題)と水や土砂の流出の関係については、2003年から実態調査が行われ、下層植生のほとんどない箇所では、年間で表層の厚さ2㎜~1㎝の土壌が流出していることが明らかになり、裸地化した場所での土壌流出のメカニズムも明らかになりました。
東丹沢堂平地区で測定された土壌の侵食量(年間最大で表層厚さ1㎝)は、樹木のまったくないハゲ山の侵食量と同じレベルです。さらに、シカの影響による下層植生の衰退は面的に広がるため、斜面に水みちが生じ溝となり、さらに溝は谷へと拡大していきます。このように土壌流出が加速することにより、森林生態系の基盤である土壌が失われ、水源かん養機能をはじめとした森林の公益的機能も低下してしまいます。
上記のように、研究連携課では、特に丹沢山地の近年の自然環境の劣化に関する実態について、外部連携もしながら継続して取組み、多くの科学的知見を蓄積してきました。さらに、現在は、丹沢山地に限らず水源地域全体を視野にいれ科学的情報の収集・蓄積に努めています。
水源林の実態に関する科学的知見はこちら→
シカの影響による下層植生衰退と土壌の流出は、近年の新たな課題であり、対策手法も十分には確立されていません。しかし、事態の深刻さが明らかになったことから、植生保護柵の設置による植生回復対策に加え、より短期・直接的な土壌保全対策の実施が望まれました。
下層植生が衰退して森林が裸地化した状態は、非常事態と言えますが、かつてのハゲ山と異なり、現在は高木層に樹木が茂っています。東丹沢堂平地区のブナ林の調査から、下層植生の衰退してしまった場所では、落葉の働きが重要であることが明らかになりました。
このような現地の実態を踏まえて、ブナ林内で短期的に土壌を保全する手法が誕生しました。秋に高木から供給される落葉を地表面にとどめる工法で、現場の微地形に応じて要所要所に配置します。施工翌年には、実際に土壌流出が軽減されることが確認されました。
このような土壌保全工は、短期的・局所的には有効ですが、根本的には、衰退した下層植生の回復とそのためのシカの生息数の管理が必要です。これらの要因は相互に関連しているため、シカ・植生・土壌の各要因に対して一体的に対策を行っていく必要があります。さらに、このようなブナ林等の自然林だけでなく、人工林においても間伐などの森林整備とシカの管理を一体的に行う試みが始まっています。
研究連携課では、上記のような土壌保全対策の手法開発以外にも、ブナ林再生のための各種手法開発や水源林整備の手法改良や渓畔林整備指針策定などに取り組んでいます。
自然生態系を対象とした本施策において効果的に施策を推進するためには、対策事業と並行してモニタリング調査を行い、施策を評価した上で見直しを図っていく必要があります。県民会議で施策を評価して施策の見直し等の検討を行うために、モニタリング調査による科学的な情報が欠かせません。
水源環境保全・再生かながわ県民会議(環境農政局緑政部水源環境保全課)はこちら
研究連携課では、施策の評価のためのモニタリングのうち、森林モニタリングを担当しています。これは、水源かん養機能や生物多様性機能といった森林の機能を評価するための長期的なモニタリング調査です。なお、森林整備による下層植生の回復など、比較的短期間の状態の変化を評価する個別対策事業ごとのモニタリングも実施しています。
施策評価の流れを示した詳細な図はこちらです。
このような施策の評価の前提となっているのは、対策事業を行うことによって現れる効果に関する次のような仮説です。すなわち、間伐などの森林整備やシカの管理といった対策事業を行うことで、短期的(5~10年)に下層植生が回復します。そして、下層植生が回復することによって土壌が保全され、さらに年月を経て中長期的(10~20年以上)に森林に生息する生きもの、また森林から下流への水の流出へと順次効果が波及していくというものです。このように短期~長期にわたり順次現れる変化を各モニタリング調査により検証しています。
森林からの水の流出には、森林・植生の状態だけでなく降雨や地質なども大きく影響します。このため、水源林からの水の流出の変化を確かめるためには、その土地の降雨や地質などの自然条件に応じた本来の水の流出特性を把握しながら、下層植生回復によって生じる水の流出の変化を調べる必要があります。
具体的なモニタリング調査の内容はこちら。
県内の水源林には、降雨の特性や地質などの自然条件が異なる4つの大流域があるので、それぞれに特徴的な水の流出特性について把握しておく必要があります。そこで、対照流域法によるモニタリング調査では、この4つの地域にそれぞれ試験流域を設けて、水の流出特性と対策事業による効果を並行して調べています。
対照流域法によるモニタリング調査については、こちら。