神奈川県自然環境保全センター研究連携課 水環境モニタリング(森林のモニタリング調査) 対照流域法によるモニタリング調査タイトルバナー


森林の水源かん養機能と森林管理

 森林に降った雨は、多くは森林(土壌も含む)を経由し、いったん地中に浸透してから河川に流出します。この流出の過程では、降雨、地質などの地下の状態、森林の状態の3つが関わっています。 このうち、人間が手を加え管理することができるのは”森林の状態”であり、水源かん養機能の観点から土壌の保全が重要です。
 そこで、「森林の水源かん養機能と森林管理」をテーマとして、水源環境の保全・再生対策における森林のモニタリング調査の前提となっている既存の知見について、主な内容を解説します。
※ここでは、森林の水循環の仕組みを中心に、森林の管理や水源かん養機能の発揮と関わりの深いものを中心に解説しています。(森林の水循環は、森林生態系の物質循環という視点で捉えることもできますが、ここでは、主に水循環の視点から解説しています。)

河川流出 土壌からの浸透 降水 風化基岩への浸透 水質浄化 蒸発散

森林の水源かん養機能の仕組みの図
図1 森林の水源かん養機能の仕組み
※各項目の説明は、図中の項目をクリック


森林の水源かん養機能の仕組み(1)森林における水循環
 森林に降った雨は、一部は蒸発し、多くはいったん地中に浸み込んで地下水となり、時間をかけて下流の河川に流出します。このような水循環の仕組みによって、洪水の緩和、渇水の緩和(水資源を貯留し水量を調節する)や水質の浄化といった水源かん養機能が発揮されます。つまり、森林の水源かん養機能とは、森林の水循環による下流の水流出に与える作用のうち、人間社会にとって有用な作用を総称したものであり、古くから人々によって認識されてきたものです。
 人工林(人が植えた森林)や自然林(人の手が加わっていない)といった林相に関わらず、森林の階層構造が発達し下層植生や落葉により土壌が保全されていると、森林の無くなったはげ山(※1)と比べ、水源かん養機能も基本的に維持されます。しかし、各地で森林について、その状態の違いと水源かん養機能の差異を調べてみると、地形・地質や降水量等の自然条件によってケースバイケースであることも少なくありません。これは、森林の状態に加えて、それらの自然条件が森林の水循環に大きく影響するためです。
 こうしたことから、水源かん養機能を把握するためには、森林の状態に加えて降雨・地形・地質等の水循環に関わる自然条件も合わせて把握する必要があります。特に、県内の水源の森林エリアでは、これらの自然条件に地域性が認められています(※2)。現在、それぞれの地域の水循環の実態を把握しつつ、事業による水源かん養機能の効果を検証するためのモニタリング調査を行っています。
※1 江戸から明治時代にかけて全国的に多くのはげ山が存在しました。これは、もともと主な資源であった森林が、人口増加に伴い過度に利用されたためです。加えて、県内の山地では、大正12年の関東大震災によって多くの山崩れが発生し、森林の水源かん養機能が低下しました。 (水源地域の森林の歴史はこちらからご覧ください。


▽参考情報▽
森林の水源かん養機能は、森林の多面的機能(公益的機能とも言います。)の一つです。
森林の多面的機能の概略はこちら→「森林の有する多面的機能について」林野庁ホームページ
さらに詳しく知りたい方はこちら→ 日本学術会議による答申「地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について」(2001) 日本学術会議ホームページ

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森林の水源かん養機能の仕組み(2)森林に降る雨
 森林から流出する河川の水源は、雨や雪などによって大気中からもたらされた降水です。このため、大きくは降水量が河川の流量に影響します。ただし、降った雨がすべて 河川に流出するのではなく、一部は 蒸発散風化基岩への深部浸透となります。
 一般的に降水量は地形の影響を受け、山地で多くなります。平年の降水量の県内分布を見ると、水源地域である県西部の山地では大部分で1800mmを超え箱根山地などの多いところで3000mmを越えます(図2)。一方、平野や丘陵地である県東部や中央部では1800mmを下回ります。このように、多くの人々が住む平野や丘陵より、大部分が森林で覆われている県西部の山地のほうが雨が多く降ります。さらに県西部の山地の中でも降水量に地域差があります。
 また、降水量は年によって変動します。たとえば丹沢湖アメダスの年間降水量をみると、観測データのある1977年から2016年までの平均の年間降水量は2200mm程度ですが、最大で年間3688mm(1998年)、最少で年間1286mm(1984年)と約2400mmもの開きがあります(図3)。このような渇水や豊水の変動が流域の水分状態に反映し、河川流量の変動にも密接に関係しています。
 神奈川県に限らず日本列島は、豊かな森林の生育に適した豊富な降水量に恵まれる一方で、森林管理にはマイナス要因となる山崩れを誘因するような激しい降雨がもたらされることもあります。このような降雨の特性は、日本列島がアジア大陸の東側に位置し季節風(アジアモンスーン)や台風の影響を受けることに起因しており、日本列島の森林の水循環を特徴づけています。
県内の降水量の分布図
図2 県内の平年の降水量の分布気象庁メッシュ平年値2010より作成)

丹沢湖アメダスの年間降水量の推移
図3 アメダス丹沢湖の年間降水量の推移 (気象庁ホームページよりダウンロードしたデータを図化) 

▽参考情報▽
アトラス水源林-水源地域の山地と森林・自然環境の特徴-3.山地の気候 はこちら。
 

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森林の水源かん養機能の仕組み(3)森林からの蒸発散
 森林に降った雨は、すべてが河川に流出するのではなく、一部は森林の樹冠から水蒸気として大気に戻ります。この作用を蒸発散と言い、降水によって葉に付着した水の蒸発(樹冠遮断)、根から吸収された水が葉の気孔から放出される蒸散の大きく2つの作用が含まれます。これらの作用は、森林による気候調節機能の中心的なものであり、地球スケールの水循環にも関わっています。
 蒸発散量には、森林の状態に加えて気温や降水量等の気象条件が関係し、たとえば、関東地方の年間蒸発散量は、気候学的手法から年間600~900mmの範囲と推定されています(近藤ほか,1992)。なお、樹種による蒸発散量の差は一般にはあまり大きくありません。また、蒸散よりも樹冠遮断のほうが量は多く、立木密度の少ない場合などは地表面からの水の蒸発量(林床面蒸発量)も加味する必要があります。
 これまでに世界中で行われてきた野外観測結果の共通点は、伐採等により森林がなくなると蒸発散量が減少して河川流量が増加する(※3)、反対に植林して森林が育つと蒸発散量が増加して河川流量が減少するというものです(※4)。
 人工林の管理として行われる間伐についても、基本的には、間伐によって立木密度が少なくなると蒸発散量が減少し(図4)、河川流量も増加すると考えられています。ただし、実際は、上層木の蒸発散量・下層植生の蒸発散量・林床面蒸発量のそれぞれが間伐によって連動して減少または増加し、それらの変化がトータルとして河川流量に反映するため、河川流量への影響は森林の構造によって異なる可能性があります。近年、全国的に人工林の間伐が課題になっていることもあり、各地で間伐と蒸発散量、河川流量との関係を調べる研究が進められています。
※3 若い森林の成長では蒸発散量も増加しますが、年数の経過とともにやがて頭打ちとなり減少傾向に転じます。頭打ちとなる年数は明確になっていません。
※4 森林が無い方が河川流量が多くなるため、蒸発散量と河川流量の関係に限定すると、森林の維持と水源かん養機能とは相反するように見えます。森林が水を消費することをどう捉えるかは、地域の水循環の特性(特に降水量)と地域社会が求める森林機能(水源かん養機能のみならず生物多様性・土砂災害防止・物質生産等の多面的機能全体)との兼ね合いによって、地域や時代ごとにそれぞれの見解があると考えられます。

間伐前と間伐後の蒸発散量の変化のイメージ図
図4 間伐と蒸発散量の関係(イメージ図)
国内の針葉樹人工林では立木密度と樹冠遮断量が概ね対応します。(立木密度が高いと樹幹遮断量も多い、密度が低いと遮断量も少ない。)このため、人工林の間伐によって立木密度を減らすと森林の蒸発散量全体も減少(し河川流量が増加)すると考えられます(図のa→b)。ただし、立木密度がさらに低くなった場合は、上層木の蒸発散量減少と下層植生の蒸発散量や林床面蒸発量の増加が同時に起こり、蒸発散量全体ではあまり減少しない可能性もあります(図c)。


▽参考文献▽
近藤純正・中園信・渡辺力・桑形恒男(1992) 日本の水文気象(3)―森林における蒸発散量―,水文水資源学会誌,5,4;8-18

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森林の水源かん養機能の仕組み(4)土壌から地中への水の浸透
 森林内で地面に到達した雨は、土壌中に浸透します。温暖湿潤気候下にある日本列島では植物の成長が旺盛なため、通常、地表は植物で覆われています。森林では、この植物による地表の被覆と、生き物の活動で形成された多数の孔隙を持つ土壌によって、農地や裸地と比べて高い浸透能を示します。それが森林の水循環にも反映され、洪水や渇水の緩和といった水源かん養機能発揮に係る一部の役割を担っています。
 しかし、森林の管理状況によっては、土壌の浸透能が低下する場合があります。たとえば、過度な森林利用によりハゲ山になった場合、または人工林(※5)の手入れ(間伐)遅れや高密度化したシカの採食影響によって下層植生が衰退し地表面の被覆が乏しくなった場合です。地表面の被覆がないと、降雨時の雨滴の衝撃により土壌の孔隙が目詰まりし、雨水が浸透しにくくなり地表流が発生します(図5)。このように、降った雨が土壌に浸透せずに地表流のまま河川に流れ込むと、“時間をかけてゆっくり流出する”という森林の水源かん養機能は発揮されません。
 さらに、発生した地表流によって土壌の表層も侵食されて流出します。東丹沢堂平地区のシカの影響で裸地化した自然林で土壌侵食量を測定したところ、年間で土壌表層の厚さ2~10mmに相当する量が侵食されていました(図6)。この測定結果は、多い年でハゲ山と同程度の土壌侵食が発生していることを示しています。このように流出した土壌は、濁水となって河川に流れ出ます(図7)。
※5 特にヒノキのリターは容易に鱗片化し流亡することに加え、ヒノキ林の土壌も撥水性を持ちます。このため、同じ人工林であっても、スギ林などと比べてヒノキ林は容易に地表流が発生し土壌も侵食されます。

地表の被覆と地表流流出率の関係の図
図5 林床の被覆率と地表流流出率(発生した地表流量の降雨量に対する割合)の関係
※横軸の林床の被覆率は植物とリターによる被覆率、凡例は一雨の降雨量(林内)。
林床の被覆率が75%以下であると被覆率が低いほど、地面に到達した雨のうちの地表流量となる割合が増えます。被覆率が75%を超えると規模の大きい降雨であっても地表流は降雨量の10%程度までに抑制されます。つまり地面に到達した雨の9割が浸透します。(東京農工大学による測定結果)
▽参考文献▽海虎、石川芳治、白木克繁、若原妙子、毕力格図、内山佳美(2012)ブナ林における林床合計被覆率の変化が地表流流出率に与える影響,日本森林学会誌Vol. 94 (2012) 167-174



下層植生・リター被覆と土壌侵食量の関係の図
図6 植生保護柵内・外の下層植生植被率とリター(落葉)堆積量、土壌侵食深の関係
植生保護柵の外側の下層植生植被率1%の箇所では土壌表層の厚さに換算して年間2mm~1cmの土壌が侵食されていました。一方、同一斜面の植生保護柵内の下層植生植被率80%の箇所では、複数年に渡り土壌侵食はほとんど発生しませんでした。(東京農工大学による測定結果)
▽参考文献▽若原妙子・石川芳治・白木克繁・戸田浩人・宮貴大・片岡史子・鈴木 雅一・内山佳美(2009)ブナ林の林床植生衰退地におけるリター堆積量と土壌侵食量の季節変化 —丹沢山地堂平地区のシカによる影響—日本森林学会誌Vol. 90 (2008) No. 6


下層植生のある場合と無い場合の比較のイラスト
図7 下層植生衰退地における土壌流出のメカニズム (左:下層植生衰退地、右:通常の森林)
下層植生がなく地面がむき出しになっていると、降った雨が地中にしみ込みにくくなり、降雨の際に短時間に地表を流れ去る地表流の割合が増えます。地表を流れる水に土壌も流され、森林土壌は貧弱になります。流された土壌は下流で濁水となります。


▽参考情報▽
水源かん養機能の観点から見た現在の森林の課題」はこちら。
シカ影響による丹沢自然林の土壌侵食実態と対策についてはこちら→「丹沢大山自然再生 土壌保全対策マニュアル
 

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森林の水源かん養機能の仕組み(5)風化基岩への水の浸透
 土壌に浸透した水は地中をゆっくり流動し、やがて河川に流出します。森林の水循環には、土壌層だけでなく、土壌層の下の基岩の内部に浸透した水の流動も関係しています。このような土壌表層からの雨水の浸透と地中における水の浸透・貯留が、洪水や渇水の緩和といった水源かん養機能の発揮につながっています。
 神奈川県に限らず複雑な地形・地質で形成される日本列島(※6)では、地質構造や岩質の影響を受けて地下水の状態も多様であり、大きくは地質によって特徴づけられます。県内の水源の森林エリアでは、小仏山地(頁岩)、丹沢山地東部(凝灰岩)、丹沢山地西部(深成岩)、箱根外輪山(火山堆積物)の各山地で異なった地質を持ち(※7)、それが地域ごとの水循環に反映しています。
 さらに、源流の小規模の流域で見ると、基岩の風化帯の割れ目等の局所的な地質構造が、流域全体の水循環にも大きく影響します。たとえば、地中の水が基岩の割れ目を通って隣の流域やさらに基岩深部へと浸透するなどして地形上の集水域を越えて水が移動する、つまり集水域で捉えると途中で水が抜けているような場合や逆に途中で水が流入しているような場合もあります。また、地質構造ではありませんが、谷筋等に厚く堆積した砂礫の中に存在する水なども地下水と似た性質を持ちます。このため、流域の一部に存在する堆積地であっても規模によっては前述のように 流域全体の水循環に影響します。
※6 日本列島の複雑な地形と地質は、日本列島が4つのプレートの境界に位置し、地震や火山等のプレートの活動に伴う活発な地殻変動の影響を受けることに起因します。 中でも県内の水源の森林エリアは、地下深くで3つのプレートが重なり合う特異な場所に位置し、地形や地質も、山体の隆起・侵食や火山堆積物等の影響を受けて多様で複雑です。

※7 これらの山地ごとの地質の相違については、 アトラス水源林-水源地域の山地と森林・自然環境の特徴-2.山地の地形と地質をご覧ください。

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森林の水源かん養機能の仕組み(6)河川への流出
 河川の流量は、大きくは降水量に左右され、年間の降水量が多いと年間の河川流出量も多くなり、双方は概ね対応します(図8)。また降雨時の短期的な河川流量の変動に関しても、特に源流では、降雨の強弱に直ちに反応して河川流量も増加または減少に転じます(図9)。
 雨の降らない期間でも、森林から流れ出る河川の流量がある程度維持されるのは、地中に浸み込んだ水が、土壌(と風化基岩)層の空隙に貯えられ、その中を様々な経路・速度によって移動して河川に流出するためです。特に森林の土壌は空隙に富み、それらによって発揮される透水性と保水性が河川流量の変動に複雑に影響しています(※8)。
 このように、貯水ダム上流域のような規模の大きな流域でみると、雨の降らない日が続いている時の河川流量は、主に流域の地下水流出で賄われていると言えます。地質によって地下水の保水力が異なるので、河川流量には地域性が認められます。たとえば、箱根外輪山のような新しい時代の火山噴出物から成る地質や丹沢山地西部(特に丹沢湖上流域)のような花崗岩類の地質では、河川流量は比較的多くなります。
※8 土壌は様々な大きさの粒子とその隙間(孔隙)から構成されるため、透水性と保水性の両方を兼ね備えています。たとえば、大きな孔隙は水が抵抗なく通過でき透水性が良い一方で保水性は低くなります。逆に小さな孔隙は毛管力が働き高い保水性を発揮しますが、水の移動の抵抗は大きく透水性は低くなります。このような森林土壌の多様な孔隙は、土壌動物等の森林の生物相との相互作用によって形成されます。

年間降水量と年間流出量の関係の図
図8 年間の降水量と流出量
国内の主な試験流域や現在モニタリング調査を実施している県内の試験流域における観測事例を見ると、年間の降水量のうち河川からの流出量は概ね6割程度のようです。
(図中の「国内の主な試験流域」は、服部重昭ほか(2001)森林の水源かん養機能に関する研究の現状と機能の維持・向上のための森林整備のあり方(1),水利科学第45巻第03号(No.260)2001年8月号 表Ⅲ-7のうち林況区分が自然放置とされている観測事例の値を用いた。)


源流の短期流出の例(ハイドログラフ)

図9 源流の短期流出の例(ヌタノ沢試験流域のハイドログラフ)
2015年9月8日から9日の総降水量169㎜の際の雨量と河川流量の10分ごとの推移を示しています。測定箇所は、集水区域4ha弱の源流であり、 降雨の強弱に対応して河川の流量も短時間に増減していることがわかります。

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森林の水源かん養機能の仕組み(7)水質の浄化
 水に様々な物質が溶け込み移動することから、森林の水循環は水質の形成とも密接に関わっています。一般に森林から下流に流出する水は、濁りがない(※9)、弱酸性の降水(※10)が(土壌中での作用により)中性となり流出する、下流で富栄養化等を引き起こす窒素やリンが少ないといった特徴があります。このような特徴から、森林は水質浄化機能を備えていると言われています。
 植物の生長に必要な窒素は、植物による吸収と土壌への落葉の還元・分解によって、大部分は森林内部で循環しています。このため、河川水とともに流出する量はわずかです。同様に、リンも森林内で循環しており、ほとんど森林から流出しません。ただし、森林の伐採等により、これらの森林内部の循環が崩れた時は、河川水の窒素やリンの濃度が一時的に上昇することがあります。
 森林から流出する水には、植物の成長に欠かせないカルシウムやマグネシウムといったミネラルも含まれます。これらのミネラルは、基岩層の岩石の化学風化によって供給されているため、これらの水質には地質等が関係しています。
 なお、生活環境における水質汚染の場合は、BOD(生物的酸素要求量)やCOD(化学的酸素要求量)といった指標が用いられますが、これらは人為的な有機物汚染に対する指標であるため、森林から流出する水では低い値となります。
※9 通常は濁りがありませんが、土壌侵食が発生すると濁水が流出する場合があります。
(4)土壌から地中への水の浸透

※10 降水には大気中の二酸化炭素が溶け込むため通常は弱酸性です。酸性雨と言われるのは、さらに人為起源の酸性物質が多く溶け込んだ場合です。

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水源かん養機能から見た近年の森林の課題-下層植生の衰退-
 かつて県内の水源地域の森林では、関東大震災による多数の山地崩壊、戦時中の過度な森林伐採、戦後のシカの絶滅危機といった課題がありました(※11)。このため、これら課題の対策が進められ、現在、外観上は豊かな森林に復旧しています。ところが、近年になり、新たな課題が顕在化してきました。
 水源かん養機能の観点から見ると、近年の森林の課題は下層植生の衰退です。本来は地面に到達した大部分の雨水は地中に浸透しますが、下層植生の衰退により森林内が裸地化すると雨水が土壌に浸み込みにくくなるため、森林の水循環に影響します。地中に浸み込まなかった雨水は地表流となり、土壌を流出させ下流に素早く流れ去ります(※12)。このため、降った雨がゆっくり流出する、あるいは濁りのない澄んだ水を流出する、といった水源かん養機能が低下する恐れがあります。
 下層植生が衰退する原因の一つは、スギやヒノキの人工林の手入れ(間伐)遅れによる林内の光環境悪化(暗くなる)です。自然林と異なり、人工林は植栽した木の間伐が必要です。良質な木材を収穫するために、木の成長に伴って適時に行われる間伐は、林内の光環境を改善し下層植生の生育を維持回復させる効果もあります。このように、人工林の適切な管理は、木材生産だけでなく水源かん養機能の観点からも重要です。県内の水源の森林エリアでは、小仏山地と箱根外輪山で特に人工林率が高いことから(※13)、これらの地域では大部分を占める人工林について、適時に間伐を行うことで下層植生を維持し、地域全体の水源かん養機能を維持することが重要です。
 下層植生が衰退するもう一つの原因は、丹沢山地を中心に高密度化したシカの影響です(※14)。1990年代には丹沢山地の高標高域を中心としてシカの採食による影響が著しく、裸地化した箇所も多くみられました。2003年からは、それまでの植生保護柵設置に加えてシカの捕獲、さらに2007年からは土壌保全対策も合わせて総合的に対策が進められています(※15)。 県内の水源の森林エリアでは、地域によってシカの生息密度や累積影響が異なり、下層植生の衰退度、すなわち水循環への影響の程度も異なるため、これらの実態を踏まえた地域ごとの対策が必要です。
 土壌は、森林の生育に欠かせない、水や養分を貯留し植物の生育を支える、微生物等の分解者の生息場という重要な役割を担っています。下層植生の衰退した状況が長期化すると、土壌が貧弱になり、水源かん養機能のみならず生物多様性機能をはじめとした多くの機能の低下が危惧されます。
※11 水源地域の森林の歴史(特に過去100年間の関東大震災後の崩壊地と人工林と広葉樹林の森林資源量の推移、シカ保護管理等の変遷)は、こちらからご覧ください。

※12 下層植生の衰退による土壌の流出について、水や生き物への影響の概要はこちら。また、水循環の観点からの詳しい解説は(4)土壌から地中への水の浸透をご覧ください。

※13 水源の森林エリアの人工林の分布や人工林率については、 アトラス水源林-水源地域の山地と森林・自然環境の特徴-4.森林・植生・土壌をご覧ください。

※14 県内のシカ(ニホンジカ)の生息や影響、対策については、こちらをご覧ください。→「ニホンジカの保護管理」自然環境保全センターホームページ

※15 特に東丹沢堂平地区では、総合的な対策を同一箇所で集中して実施し、植生回復効果が見えてきています。土壌保全対策を加えた総合的な対策の概要はこちら。 丹沢大山自然再生の事業実施状況はこちら。→丹沢大山自然再生ONLINE

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水・土砂・物質の循環系としての流域と流域管理
 森林の水循環においては、太陽エネルギーを原動力とする蒸発散を除くと、大部分の過程は重力に支配され、水(と物質)は主に高所から低所へ、つまり流域内を尾根から斜面そして谷へと移動します。さらに、この過程において、侵食や崩壊・堆積等の土砂移動による地形の形成(変化)も水循環と相互に作用しあっています(※16)。
 このような流域を単位とした水・土砂・物質の循環系(図10)において、尾根や斜面は供給源(かん養源や生産源)、谷(渓流)は集積・滞留と流出の場であり、それぞれ循環系における役割を担っています。このため、両者の相違は、物理環境や景観だけでなく、生物相(生態系)にも及びます。こうしたことから、森林(特に人工林)の管理においても、これらの相違を考慮した管理手法が必要であり(※17)、それら管理手法によって流域を一体として管理する必要があります。
 さらに、水系全体をみた場合も、源流の山地の森林から下流の河川へという流れを中心に、水系ごとの水循環が構築されています。森林の管理において、個々の森林は小面積であっても、水系ごとの一体とした循環系の一部であることから、森林においても水系全体の循環系を考慮した流域管理の視点が必要です。すなわち、各地域のモニタリング調査から得られる地域ごとの水循環特性に関する知見も活用し、水系全体の水源環境保全・再生の取組みとも連携しながら、地域ごとに水循環系を踏まえて森林を管理していくことも必要です。
※16 源流における土砂移動現象には、侵食、斜面崩壊、地すべり、落石、土石流などがあります。これらの多くは、地形・地質等の素因に加えて降雨や水流が引き金となって発生し、下流に土砂災害をもたらす場合もあります。森林の土砂災害防止機能・土壌保全機能と水源かん養機能は、どちらも水循環の仕組みが根底にあることから、その機構は密接に関係しています。

※17 同じ森林であっても、斜面の森林と渓流沿いの森林では管理の考え方や手法が異なります。たとえば、丹沢山地の渓畔林の実態や管理の考え方については「渓畔林整備指針(自然環境保全センターH19.3発行)」、また整備事例を踏まえた整備における配慮事項などは「渓畔林整備の手引き(自然環境保全センターH29.3発行)」をご覧ください。

源流の循環系のイメージ図
図10 源流における水・土砂・物質の循環系のイメージ
流域(集水域)とは、尾根で囲まれる谷地形の領域です。斜面の森林から谷(渓流)に水、土砂、物質が供給されます。谷(渓流)の環境(状態)は、流域内の森林(の状態)の影響を受けて形成されます。


▽参考情報▽
流域管理の実践においては、流域ごとに自然条件、社会条件、事業実施状況を把握し整理しておく必要があります。特に計画や事業実施に先駆けて効率よく情報収集するためには既存資料等の活用が有効です。
流域全体を視野にいれた土壌保全対策についてはこちら→「丹沢大山自然再生 土壌保全対策マニュアル
県内の水源の森林エリアを対象とした既存資料による小流域ごとの自然環境指標の帳票「流域カルテ」はこちら

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▽参考文献▽
塚本良則編(1992)森林水文学,文永堂出版(株)
森林水文学編集委員会編(2007)森林水文学 森林の水のゆくえを科学する,森北出版(株)
佐々木惠彦・木平勇吉・鈴木和夫編(2007)森林科学,文永堂出版(株)
恩田裕一編(2008)人工林荒廃と水・土砂流出の実態,(株)岩波書店
杉田倫明・田中正編(2009)水文科学,共立出版(株)
服部重昭(2011)第5章森林と水循環,水の環境学,清水裕之・檜山哲哉・河村則行編,(財)名古屋大学出版会
森林立地学会編(2012)森のバランス-植物と土壌の相互作用,東海大学出版会
太田猛彦(2012)森林飽和 国土の変貌を考える,NHK出版
木平勇吉ほか編(2012)丹沢の自然再生,(株)日本林業調査会
蔵治光一郎・保屋野初子編(2014)緑のダムの科学 減災・森林・水循環,築地書館(株)
谷誠(2016)水と土と森の科学,京都大学学術出版会