神奈川県自然環境保全センター研究連携課 水環境モニタリング かながわの水源林バナー


アトラス水源林 -水源地域の山地と森林・自然環境の特徴-矢印アイコン



5.動物

 神奈川県の水源地域には、都心からわずか50㎞の距離にもかかわらず、ニホンカモシカやツキノワグマといった大型の野生動物も生息しています。特に、国定公園に指定されている丹沢山地では、その豊かな生物相について、これまでも詳しく調べられてきました。(※1)。
 しかし、一方で「水源」という観点から見ると、丹沢山地を中心に、近年増加したニホンジカの影響により森林の下層植生が衰退し、水源かん養機能の低下が危惧されています(※2)。そこで、ここでは特に水源地域のニホンジカの生息状況を中心に解説します。なお、2003(H15)年度から進められている管理捕獲等の県のニホンジカ管理対策やその背景等については、下記サイトを参照ください。
神奈川の野生鳥獣と狩猟のページ(環境農政局緑政部自然環境保全課)
ニホンジカの保護管理(自然環境保全センター)

※1 丹沢山地では、これまでに1960年代、1990年代、2000年代の3回にわたって自然環境の総合調査が行われてきました。これらの調査の報告書はこちらをご覧ください。 

※2 丹沢山地のニホンジカの影響による森林の土壌侵食については、こちらをご覧ください。 

県内のニホンジカ生息分布

 ニホンジカはもともと日本に古来から生息する野生動物であり、本来の生息地は明るく開けた平野から低山帯林です。県内でも江戸時代には主に平野部に生息していましたが、明治時代以降は、農地や市街地の拡大や狩猟の解禁等により本来の生息地である平野を追われ、近年は丹沢山地等の山岳地を中心に生息しています。

 下図は、2011年度までにニホンジカの目撃情報の得られたメッシュ(約1km四方)をオレンジ色で示しています。丹沢山地を中心としながらも、現在は周辺の地域でも多く目撃されていることがわかります。

シカ目撃情報のマップ

ニホンジカ生息状況の推移

 神奈川県では、ニホンジカ管理計画の推進にあたり、対策効果の検証や計画の見直しに必要な基礎データを取得・蓄積しています。ニホンジカの生息状況に関しては、区画法による生息密度調査、糞塊密度調査、GPS首輪による行動特性調査等が行われています。

 糞塊密度調査は、広域の生息状況の推移を把握するため、県西部の45メッシュを対象として、主に稜線部を踏査することによりメッシュごとの踏査延長1kmあたりの糞塊数を算出するものです。下図に2007(H19)年から2016(H28)年までの調査結果を示しました。
 2007~2016年の推移は、全般的に見ると横ばいから減少傾向であり、丹沢山地におけるニホンジカの捕獲効果が見られます。一方で、丹沢山地の主稜線から山北町など一部地域では依然として糞塊密度が高い傾向が続いています。また、丹沢山地以外の推移を見ると、小仏山地では糞塊密度は高くないものの定着が進んでいること、箱根山地一帯では徐々に糞塊密度が上昇しておりニホンジカが増加傾向にあることがうかがえます。
※各年度の図をクリックすると拡大図が表示されます。

図の凡例

2007(H19)年度 2008(H20)年度 2009(H21)年度 2010(H22)年度 2011(H23)年度

シカ糞塊密度調査結果H19 シカ糞塊密度調査結果H20 シカ糞塊密度調査結果H21 シカ糞塊密度調査結果H22 シカ糞塊密度調査結果H23

2012(H24)年度 2013(H25)年度 2014(H26)年度 2015(H27)年度 2016(H28)年度

シカ糞塊密度調査結果H24 シカ糞塊密度調査結果H25 シカ糞塊密度調査結果H26 シカ糞塊密度調査結果H27 シカ糞塊密度調査結果H28

ニホンジカの行動追跡例

 下図は、丹沢山地においてニホンジカにGPS首輪を装着し行動追跡をした結果の一例です。約1年近くに渡って追跡したオスジカは、清川村の県道沿いから10km以上離れた塔ノ岳までを行き来していました。一つの地域にとどまる定住型の個体も見られる一方で、下図のような季節移動型の個体も見られます。 こうした実態からも、生息状況の把握から対策に至るまで、ニホンジカに関しては広域の取組みが必要であることがわかります。

ニホンジカの行動追跡例

ニホンジカによる植生影響の分布と推移

 丹沢山地全体のニホンジカによる植生への累積的な影響を把握するために、概ね5年おきに3次メッシュ(およそ1㎞四方)単位で植生劣化度(※1)や林床植生の植被率(※2)による評価が行われています。

 下図は、これまで行われた3時点の植生劣化度の調査結果です。(各年度の図をクリックすると拡大図が表示されます。)丹沢山地でも植生劣化の進行している場所や反対に改善傾向にある場所など、場所による違いが見られます。
 ニホンジカの管理捕獲が先行的に行われてきた東丹沢では、植生劣化レベルの改善したメッシュが見られます。一方で、もともとニホンジカによる植生劣化があまり進んでいなかった西丹沢の世附などでは、直近の2014-2015(H26-27)年度の調査結果では劣化の進んだメッシュが多く見られます。なお、この直近の調査結果には、2013-2014(H25-26)年頃の丹沢山地におけるスズタケの一斉開花(※3)も影響していると考えられます。
 近年は、ニホンジカの管理捕獲の進捗に伴って、本調査の手法では植生回復の変化を捉えづらいことも指摘されています。このため、現地に設置された植生保護柵内・外の植生の差異も合わせて調査することで、植生の劣化や回復といった推移を把握していく必要があります。

図の凡例

2004-2005年(H16-17年度)時点 2009-2010年(H21-22年度)時点 2014-2015年(H26-27年度)時点

植生劣化レベルの分布(2004年) 植生劣化レベルの分布(2009年) 植生劣化レベルの分布(2014年)

※1 植生劣化度
シカの累積的な採食圧による植生への影響を現地踏査し、3次メッシュ(概ね1kmメッシュ)単位で集計した結果をⅠ~Ⅴの5段階のレベルに区分したものです。ニホンジカによる長期的な影響の評価指標となります。
レベルⅠ:シカの影響による植生の劣化は見られない
レベルⅡ:シカの採食によるササや低木の矮性化、樹皮食いが若干みられる
レベルⅢ:矮性化したササや低木が目につき、不嗜好性植物や樹皮食いがみられる状態。
レベルⅣ:半数以上のササや低木が矮性化、または消失しており、不嗜好性植物や樹皮食いが目立つ状態。
レベルⅤ:ほとんどのササや低木が矮性化、または消失しており、不嗜好性植物や樹皮食いが目立つ状態。

※2 林床植生の植被率
ニホンジカの不嗜好性植物も含め、林床植物が覆っている割合を百分率(%)で示したものです。長期的指標である植生劣化度に対して短期的指標とされています。

※3 丹沢山地のササの一斉開花について 
タケ・ササ類は、数十年~百数十年に一度の周期で多個体が一斉開花枯死することが知られています。丹沢山地では2013-2014(H25-26)年頃にかけて、スズタケを中心としたササ類の一斉開花が確認されており、その後の枯死状況と合わせて実態の把握が進められてきました。
永田幸志・田村淳(2015)丹沢山地におけるササ 3 種の 2014 年の開花記録,神自環保セ報 13:65-68


▽参考文献▽
神奈川県(2017)第4次神奈川県ニホンジカ管理計画
神奈川県(2016)平成28年度神奈川県ニホンジカ管理事業実施計画
神奈川県(2017)平成29年度神奈川県ニホンジカ管理事業実施計画
神奈川県自然環境保全センター ニホンジカの保護管理

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